裏日記
昨日の朝、やけに娘がまとわりついてきて、朝の準備が進みませんでした。
夕方、いつものように自転車で保育園から帰宅、自転車置き場で「抱っこ…」。マンションの隣のコンビニに行くのも抱っこのままで、やけに甘えん坊だなあ、と思っていたら、やっぱり発熱しました。
8時ごろ寝かしつけましたが、しんどいのかたびたび目を覚まし、泣いてぐずるので、こちらもつきっきりでした。
私も最近あまり体調が良くなく、風邪→久々の喘息→乾性咳の、咳フェーズにおりまして、咳がうるさくて娘の睡眠の邪魔になるのも嫌で、市販の咳止めシロップを飲んだら、尋常じゃないほど眠くなって、明け方から8時までは看病人として使い物にならず、かわいそうに夫が1人でがんばっていました。
今日は仕事が休みなので、ママ友との約束をキャンセルし、家でのんびりしています。熱が下がった娘が遊びに出たがるのをなだめるのが大変でしたが、なんとか寝かしつけに成功し、今は昼寝をしてくれています。
ベビーシッターの予約が6時締切ですが(病後保育をしてくれる)、この様子なら、明日は通常通り保育園に連れて行けるかな。
おしゃべりもかなり上手になりましたが、「なんとなく体調が悪い」なんて高度なコミュニケーションはまだ難しいですから、やたらと甘えん坊の時は要注意です。
朝の時点では、気がつかなかったなぁ。
私もまだまだですね。
夕方、いつものように自転車で保育園から帰宅、自転車置き場で「抱っこ…」。マンションの隣のコンビニに行くのも抱っこのままで、やけに甘えん坊だなあ、と思っていたら、やっぱり発熱しました。
8時ごろ寝かしつけましたが、しんどいのかたびたび目を覚まし、泣いてぐずるので、こちらもつきっきりでした。
私も最近あまり体調が良くなく、風邪→久々の喘息→乾性咳の、咳フェーズにおりまして、咳がうるさくて娘の睡眠の邪魔になるのも嫌で、市販の咳止めシロップを飲んだら、尋常じゃないほど眠くなって、明け方から8時までは看病人として使い物にならず、かわいそうに夫が1人でがんばっていました。
今日は仕事が休みなので、ママ友との約束をキャンセルし、家でのんびりしています。熱が下がった娘が遊びに出たがるのをなだめるのが大変でしたが、なんとか寝かしつけに成功し、今は昼寝をしてくれています。
ベビーシッターの予約が6時締切ですが(病後保育をしてくれる)、この様子なら、明日は通常通り保育園に連れて行けるかな。
おしゃべりもかなり上手になりましたが、「なんとなく体調が悪い」なんて高度なコミュニケーションはまだ難しいですから、やたらと甘えん坊の時は要注意です。
朝の時点では、気がつかなかったなぁ。
私もまだまだですね。
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私は現在36歳で、30台も半ばを超えたらファッションにも気を使います。
年齢相応、という意味においてです。
あまりかわいらしいものを身に着けてはいけないのではないかと。
お店で気に入ったものを見つけても、イタイんじゃないか、という不安が購買意欲をなえさせます。
ファッションというのは、機能的であることと同じくらい、気分を守り立ててくれることが重要だと思います。
ここ最近、仕事着は、パリッとした格好を好んでます。半分しか働いていないんだから、服ぐらいパリッとさせて、社会参加を演出したいのです。
一方、プライベートでは対照的に、よりラフな、仕事を全く思い出さないような格好がしたくなります。こっちが問題。
なんだか、最近、かわいらしいものが好きなのです。
例えば、昨日、駅中のお店で見た生成り地にライムグリーンのギンガムチェックのロングスカート(私がはけばマキシ)。
うわー、かわいい、と思って試着室に駆け込みそうになりましたが、はて。
ギンガムチェックって、赤毛のアンじゃん。
少女の格好じゃん。
お店の人が寄ってきて、
「かわいいでしょう。」
なんて接客をはじめるのを、硬い表情で聞き流しつつ、
かわいい。でもこれはさすがにイタイんじゃない?いや、上に無地のカットソーならいけるんじゃない?
など自問自答しつつ
「かわいすぎるので無理です。」
と定員さんに言い捨てて立ち去りました。
籠バッグ。
私は、花とかが思いっきりついている籠が持ちたいのです。
だって、かわいいから。
でも、ただでさえかわいらしい籠バッグ。花までついたら、これまた赤毛のアンと化すかな。
つい最近まで、自分は若く見えるから大丈夫、と思っていました。
しかし、
「どうやらほとんどの人が自分は若く見えると自覚しているようだ」
と気づき、ようは昔のX歳と今のX歳を比べたら若いんであって、今のX歳とX-5歳を比べたら、後者のほうが5歳分若い、という当たり前かつ残酷な現実があるだけなのでした。
でも、もう一歩進んで、イタくて何が悪い!と、着たい服を着ちゃおうかとも思ったりもします。
私は、年齢や世間の目にも負けず、着たい服を着る、強い人間だ!みたいな。
いざ行かん、新しきステージへ!
なんて書いてみましたが、やっぱり完全に世間の目を気にしないのは無理。
自信もなければ強くもない平凡な私が、若作りではなく「若々しい」身なりをするためには、多少の遠慮や工夫が必要でしょうね。
どうしてもギンガムチェックが着たかったら上はブラウスではなくカットソーで、花のついた籠が持ちたければ服はジーンズにシンプルTシャツ、でどうでしょうか。
年齢相応、という意味においてです。
あまりかわいらしいものを身に着けてはいけないのではないかと。
お店で気に入ったものを見つけても、イタイんじゃないか、という不安が購買意欲をなえさせます。
ファッションというのは、機能的であることと同じくらい、気分を守り立ててくれることが重要だと思います。
ここ最近、仕事着は、パリッとした格好を好んでます。半分しか働いていないんだから、服ぐらいパリッとさせて、社会参加を演出したいのです。
一方、プライベートでは対照的に、よりラフな、仕事を全く思い出さないような格好がしたくなります。こっちが問題。
なんだか、最近、かわいらしいものが好きなのです。
例えば、昨日、駅中のお店で見た生成り地にライムグリーンのギンガムチェックのロングスカート(私がはけばマキシ)。
うわー、かわいい、と思って試着室に駆け込みそうになりましたが、はて。
ギンガムチェックって、赤毛のアンじゃん。
少女の格好じゃん。
お店の人が寄ってきて、
「かわいいでしょう。」
なんて接客をはじめるのを、硬い表情で聞き流しつつ、
かわいい。でもこれはさすがにイタイんじゃない?いや、上に無地のカットソーならいけるんじゃない?
など自問自答しつつ
「かわいすぎるので無理です。」
と定員さんに言い捨てて立ち去りました。
籠バッグ。
私は、花とかが思いっきりついている籠が持ちたいのです。
だって、かわいいから。
でも、ただでさえかわいらしい籠バッグ。花までついたら、これまた赤毛のアンと化すかな。
つい最近まで、自分は若く見えるから大丈夫、と思っていました。
しかし、
「どうやらほとんどの人が自分は若く見えると自覚しているようだ」
と気づき、ようは昔のX歳と今のX歳を比べたら若いんであって、今のX歳とX-5歳を比べたら、後者のほうが5歳分若い、という当たり前かつ残酷な現実があるだけなのでした。
でも、もう一歩進んで、イタくて何が悪い!と、着たい服を着ちゃおうかとも思ったりもします。
私は、年齢や世間の目にも負けず、着たい服を着る、強い人間だ!みたいな。
いざ行かん、新しきステージへ!
なんて書いてみましたが、やっぱり完全に世間の目を気にしないのは無理。
自信もなければ強くもない平凡な私が、若作りではなく「若々しい」身なりをするためには、多少の遠慮や工夫が必要でしょうね。
どうしてもギンガムチェックが着たかったら上はブラウスではなくカットソーで、花のついた籠が持ちたければ服はジーンズにシンプルTシャツ、でどうでしょうか。
スゴイいい本だったけど、高いので購入予定なし。
明日図書館に返すので、備忘録的に記事にしておきます。
『世界の少数民族文化図鑑 失われつつある土着民族の伝統的な暮らし』ビアーズ・ギボン著 福井正子訳
これは図鑑サイズの図鑑で(つまり大きい)、いろんな民族の写真がふんだんに載っていて、眺めているだけでもとても楽しくて、記事を読んでも興味深かったです。
85ページのシャー山脈のドニェリュビニェ村の花嫁さんの写真は、息をのむほど美しかったです。
104ページの南アフリカのサン族の母子の写真、4歳の息子を筋骨隆々の「お母さん」が楽楽抱えて授乳している写真、脱帽です。
子どもが飲んでいない方の乳首をサワサワしています。そのやり方が全くうちの娘といっしょです。何か生物学的な意味がある行動なのでしょうか(例えば、出を良くするためのマッサージとか)?
他にも、ボディペインティングや入れ墨、装飾のための瘢痕(今まで知らなかったけど、色んな民族がしているみたい)、美しかったし興味深かったです。
明日図書館に返すので、備忘録的に記事にしておきます。
『世界の少数民族文化図鑑 失われつつある土着民族の伝統的な暮らし』ビアーズ・ギボン著 福井正子訳
これは図鑑サイズの図鑑で(つまり大きい)、いろんな民族の写真がふんだんに載っていて、眺めているだけでもとても楽しくて、記事を読んでも興味深かったです。
85ページのシャー山脈のドニェリュビニェ村の花嫁さんの写真は、息をのむほど美しかったです。
104ページの南アフリカのサン族の母子の写真、4歳の息子を筋骨隆々の「お母さん」が楽楽抱えて授乳している写真、脱帽です。
子どもが飲んでいない方の乳首をサワサワしています。そのやり方が全くうちの娘といっしょです。何か生物学的な意味がある行動なのでしょうか(例えば、出を良くするためのマッサージとか)?
他にも、ボディペインティングや入れ墨、装飾のための瘢痕(今まで知らなかったけど、色んな民族がしているみたい)、美しかったし興味深かったです。
ついこの間、長かった(2年半)授乳生活が終わりました。
眠くなると歯を食いしばる癖が出てきた娘に、右の乳首を噛まれてケガをしました。触られたくないのでばんそうこうを張っていたら、その3日後に左の乳首も噛まれてしまい、両方ともケガしてしまった、それがきっかけです。
「痛いからもうおっぱいあげられなくなった!」
そう宣言すると、娘は残念そうではありましたが、これを機に
「もうお終いにする、もうお姉ちゃんだから」
と約束してくれたのでした。
以後、約束を順守してくれています。
ベネッセの調査によると、2歳以降に授乳しているのは3%未満だそうで、2歳半となると、さらに少ないんでしょうね。確かに、私ほど長くあげていた人は周囲にはいません。特に身体的な問題がなくても、1歳過ぎぐらいには断乳するのが日本では普通でしょうね。
世界平均では、もっと授乳期間は長いようで(先進国であるほど短いらしい)、出典は忘れましたら、2歳半ぐらいとどこかで読んだような。
卒乳、断乳に関しては、より自然な形で迎えたいという意識が高かったのですが、自然とはなんだろう、という疑問はありました。
自然卒乳推奨派のHPなどを読むと、心理的卒乳は2歳から4歳、心から満足すれば赤ちゃんは欲しがらなくなる、とあり、おっぱいが大大大好きな娘がそんな、心から満足するして自発的に離れてくる日が来るのだろうか、ほんまかいな、とどうもしっくりきませんでした。
有名な桶屋式は断乳を推奨しているのですが、断乳の利点として挙げている項目が「おっぱい飲んでてもそうなるよ、断乳してもならない子はいるよ」というような内容なので、私はちっとも共感できません。参考までにコピペしておきます。
(1)しっかりした顔つきななる
(2)自立心が急激に発展
(3)思考力の発展(大人が言う前に自分で行動するようになる)
(4)感情が豊かな子になる
(5)愛情深い、友達大好きな子にる
(6)積極的な子になる
これまでも何度か噛まれて痛かったとき、自分の体調が悪い時などにパイパイ言われると、うんざりしていました。
2歳になった時に止めてみようかな、正月休みに止めてみようかな、と思い、娘と話し合いましたが、娘にバッサリ断られ、こちらもきちんと断乳するだけの決意が成されていません。
突然やってきた卒乳の日は、今までにないほどガブッと噛まれてしまい、痛くてとにかく腹が立って「もうイヤ!」と思ったんですね。その感情のほとばしりが娘に直に伝わって、娘の方も踏ん切りがついたし、私側の執着も上手く断ち切れたのです。
これが我が家の「自然」だったのかなあ、と思っていたら、面白い本を読みました。
『人の子育ての進化と文化 アロマザリングの役割を考える』という学術書です。アロマザリング、とは、母業を父親や祖父母などなど、他の人がすることです。
(ちなみにヒトという種はアロマザリングが普通に行われてきたんですよ。)
この中に「子別れの母子協力モデル」という一節があり、そこにヒントを得て、私は私の言うところの「自然な卒乳」についてスッキリと理解しました。
母子はもともとは一体だったのが、出産と言う形で分離を開始し、徐々に分離を進めて行くことが「成長」。分離は何も子どもの方ばかりがするのではなく、母側も協力するのですね。
だから上述した「心から満足して赤ちゃんが欲しがらなくなる」と言うのは、一方からしか見ていないわけで、母側の離れようとする行動との共同作業こそが、自然なのではないか、と思ったのです。
もともと人類の授乳期間が長かったのは(3~4年?)、栄養価が高く安全であること、その子を確実に育てるために次の子を妊娠するタイミングを遅らせるため、が大きかったのでしょう。
現在の日本では、安全で消化しやすい食べ物がたくさん手に入り、年子で産んでも十分育てることができまず。
だから、今の「自然」は昔の「自然」とは異なるのです。
何をもって「自然」とするか、それはとても難しい問いです。
極論すると、すべて自然のなせる技だからです。
別にそんなことで悩まなくてもいいのだけど、私はこういうことを考えるのが好きなんです。
今回は、スッキリ答えが出たので、大満足です。
眠くなると歯を食いしばる癖が出てきた娘に、右の乳首を噛まれてケガをしました。触られたくないのでばんそうこうを張っていたら、その3日後に左の乳首も噛まれてしまい、両方ともケガしてしまった、それがきっかけです。
「痛いからもうおっぱいあげられなくなった!」
そう宣言すると、娘は残念そうではありましたが、これを機に
「もうお終いにする、もうお姉ちゃんだから」
と約束してくれたのでした。
以後、約束を順守してくれています。
ベネッセの調査によると、2歳以降に授乳しているのは3%未満だそうで、2歳半となると、さらに少ないんでしょうね。確かに、私ほど長くあげていた人は周囲にはいません。特に身体的な問題がなくても、1歳過ぎぐらいには断乳するのが日本では普通でしょうね。
世界平均では、もっと授乳期間は長いようで(先進国であるほど短いらしい)、出典は忘れましたら、2歳半ぐらいとどこかで読んだような。
卒乳、断乳に関しては、より自然な形で迎えたいという意識が高かったのですが、自然とはなんだろう、という疑問はありました。
自然卒乳推奨派のHPなどを読むと、心理的卒乳は2歳から4歳、心から満足すれば赤ちゃんは欲しがらなくなる、とあり、おっぱいが大大大好きな娘がそんな、心から満足するして自発的に離れてくる日が来るのだろうか、ほんまかいな、とどうもしっくりきませんでした。
有名な桶屋式は断乳を推奨しているのですが、断乳の利点として挙げている項目が「おっぱい飲んでてもそうなるよ、断乳してもならない子はいるよ」というような内容なので、私はちっとも共感できません。参考までにコピペしておきます。
(1)しっかりした顔つきななる
(2)自立心が急激に発展
(3)思考力の発展(大人が言う前に自分で行動するようになる)
(4)感情が豊かな子になる
(5)愛情深い、友達大好きな子にる
(6)積極的な子になる
これまでも何度か噛まれて痛かったとき、自分の体調が悪い時などにパイパイ言われると、うんざりしていました。
2歳になった時に止めてみようかな、正月休みに止めてみようかな、と思い、娘と話し合いましたが、娘にバッサリ断られ、こちらもきちんと断乳するだけの決意が成されていません。
突然やってきた卒乳の日は、今までにないほどガブッと噛まれてしまい、痛くてとにかく腹が立って「もうイヤ!」と思ったんですね。その感情のほとばしりが娘に直に伝わって、娘の方も踏ん切りがついたし、私側の執着も上手く断ち切れたのです。
これが我が家の「自然」だったのかなあ、と思っていたら、面白い本を読みました。
『人の子育ての進化と文化 アロマザリングの役割を考える』という学術書です。アロマザリング、とは、母業を父親や祖父母などなど、他の人がすることです。
(ちなみにヒトという種はアロマザリングが普通に行われてきたんですよ。)
この中に「子別れの母子協力モデル」という一節があり、そこにヒントを得て、私は私の言うところの「自然な卒乳」についてスッキリと理解しました。
母子はもともとは一体だったのが、出産と言う形で分離を開始し、徐々に分離を進めて行くことが「成長」。分離は何も子どもの方ばかりがするのではなく、母側も協力するのですね。
だから上述した「心から満足して赤ちゃんが欲しがらなくなる」と言うのは、一方からしか見ていないわけで、母側の離れようとする行動との共同作業こそが、自然なのではないか、と思ったのです。
もともと人類の授乳期間が長かったのは(3~4年?)、栄養価が高く安全であること、その子を確実に育てるために次の子を妊娠するタイミングを遅らせるため、が大きかったのでしょう。
現在の日本では、安全で消化しやすい食べ物がたくさん手に入り、年子で産んでも十分育てることができまず。
だから、今の「自然」は昔の「自然」とは異なるのです。
何をもって「自然」とするか、それはとても難しい問いです。
極論すると、すべて自然のなせる技だからです。
別にそんなことで悩まなくてもいいのだけど、私はこういうことを考えるのが好きなんです。
今回は、スッキリ答えが出たので、大満足です。
娘の単純性血管腫は広範囲なので、レーザーは全身麻酔下に行います。
形成外科で小児麻酔をしているところ、という条件下、家から歩いて行ける利便性から、O大学付属病院で治療を受けています。
大学病院ってやつはなかなか大変なところで、毎回何かしら困ったことがあります。
教育機関だからしかたないけど、看護師さんがびっくりするほどできが悪く、引き継ぎができていないから何度も同じことを聞きに来る、入院診療計画書を手術が終わってから持ってくる(毎回。前回に至っては退院時。しかも渡すとき「先生のハンコがなかったから」と聞いてもいないのに医者のせいにする)。
それから、退院当日が日曜日なので(レーザーの翌日)、主治医の先生が回診してから退院なのか、さっさと退院していいのかは、患者にとっては重要な情報なのですが、準夜の看護婦さんに聞くと「たぶんいらっしゃる」、日勤の看護婦さんは「休みの日は来ないんじゃないですかね~」。
夫は「なんといいかげんな!」と怒っていました。ちなみに、毎回退院は日曜日なんです。そんでもって今までは毎回回診して下さっているのです。
正しい受け答えは(先生に前もって確認しとけばいいだけのはなしだけど)
「日曜日は基本的に先生はお休みで、退院許可は出ています。でも○○先生は術後の患者さんの様子を見に来られることは多いので、○時まで待たれてみたらどうでしょうか?」
じゃないんかね。
今回は、主治医が予告なく変更されてました。
前回ブログにも書いた、美人な若い女の先生がまた入院主治医でした。
今回は外来の主治医が担当すると思っていたので、変更自体はいいのだけど、執刀医が変わっちゃうとレーザー後の経過観察の外来日も変わるわけで、共働きで時間をやりくりしている身としては困ってしまうのです。
外来日の心配の件は日勤の看護婦さんに世間話的に伝えていたのですが、夜の7時ぐらいに準夜の看護婦さんが次回予約日を伝えに来て、まんまと都合のつかない日だったので変更を希望したところ、
「先生がもう帰っちゃったので分かりません。」
だって。
子どもの使いかよ!
先生がいる間に、次の外来の予定を相談できたらよかったし、日勤さんには明確に話すべきだったんだけど、実は以下のような事情があって、私もあわてておりました。
前投薬にセルシンシロップを飲んで、麻酔薬はセボフルランで、ソウカンはせずにマスク喚気で麻酔をしてもらっています。
初回、娘が0歳児の時、術後のせん妄がひどくて、病棟に帰ってから1時間大暴れされてしまい大変でした。
2回目、3回目は娘も嫌がるのでセルシンを飲まさず(飲めなかったらそれでOKと言われていた)麻酔明けは比較的しゃきっと目が覚めて、お迎えに行った時は泣き叫んでいたけれど、抱っこしたら落ち着きました。
私はセルシンを怪しんでいるのですが、今回は看護婦さんがセルシンを飲ませに来たので、娘もがんばってしまって半分飲めてしまい、酔っ払い状態で手術室へ行きました。
30分くらいでお迎えCALLがあり、しばらく前室で待っていると、娘がすんごい声で泣き叫ぶのが聞こえてきました、今回は顔を合わせて声かけしたり抱きしめても、以前のように落ち着くことなく、柵ベッドの中をバッタンバッタン暴れまわるのでした。
そしたら麻酔科医は「ペンタジン1ミリ」をその場で投与し(周囲に「いじいじと痛いのでしょう」と説明していた)、娘は再び入眠して、病棟に上がりました。
(1ミリってml?)
その後、呼吸抑制が起きちゃったのです。
寝てるとサチュレーションがどんどん下がってしまいます。70台とか。
しーーんとしてひっと呼吸して、しーんとして…、苦しくなったら泣いてちゃんと喚気する娘。なかなか泣かない時は、こっちはひぇーと思って、娘を揺さぶって起こし、泣かしたりもしました。
病棟で段々呼吸抑制が深まって、そして徐々に元に戻ったのでした。
もちろん看護婦さんがついていました。途中で酸素取りに行ったりしたけど。
美人先生も途中で来ました。
これは大学病院に限った話ではないのですが、なんか麻酔科の先生が去り際に投与した薬、血中濃度が上がる前に病棟に返すことや、Callされるのが主治医ってことに理不尽さを感じました。
それに、娘が暴れていたのは痛みではなく、せん妄だと思うんだけどね。
(目が覚めたらケロッてしてるしね)
セルシンがせん妄を起こしたんじゃないかとか(麻酔科の先生の術前診察ではそれとなく伝「初回だけはセルシンを飲んで、1時間暴れた」と伝えている)、回復室を出てからペンタジンを静注してすぐ病棟に上がるのはよくあることなのか、とかちょっともやもやしてしまって、でもしまいこんでます。
だから医者の家族はイヤなんだ、という医療従事者の気持ちも分かるし。
まあ、何はともあれ元気だ、レーザーも上手く反応した。それが全てじゃないか!
と私の超自我は囁きかけるのでした。
ある程度事情が分かるからモヤモヤするのか、事情が分かるから我慢しちゃうのかよくわかんないね。
形成外科で小児麻酔をしているところ、という条件下、家から歩いて行ける利便性から、O大学付属病院で治療を受けています。
大学病院ってやつはなかなか大変なところで、毎回何かしら困ったことがあります。
教育機関だからしかたないけど、看護師さんがびっくりするほどできが悪く、引き継ぎができていないから何度も同じことを聞きに来る、入院診療計画書を手術が終わってから持ってくる(毎回。前回に至っては退院時。しかも渡すとき「先生のハンコがなかったから」と聞いてもいないのに医者のせいにする)。
それから、退院当日が日曜日なので(レーザーの翌日)、主治医の先生が回診してから退院なのか、さっさと退院していいのかは、患者にとっては重要な情報なのですが、準夜の看護婦さんに聞くと「たぶんいらっしゃる」、日勤の看護婦さんは「休みの日は来ないんじゃないですかね~」。
夫は「なんといいかげんな!」と怒っていました。ちなみに、毎回退院は日曜日なんです。そんでもって今までは毎回回診して下さっているのです。
正しい受け答えは(先生に前もって確認しとけばいいだけのはなしだけど)
「日曜日は基本的に先生はお休みで、退院許可は出ています。でも○○先生は術後の患者さんの様子を見に来られることは多いので、○時まで待たれてみたらどうでしょうか?」
じゃないんかね。
今回は、主治医が予告なく変更されてました。
前回ブログにも書いた、美人な若い女の先生がまた入院主治医でした。
今回は外来の主治医が担当すると思っていたので、変更自体はいいのだけど、執刀医が変わっちゃうとレーザー後の経過観察の外来日も変わるわけで、共働きで時間をやりくりしている身としては困ってしまうのです。
外来日の心配の件は日勤の看護婦さんに世間話的に伝えていたのですが、夜の7時ぐらいに準夜の看護婦さんが次回予約日を伝えに来て、まんまと都合のつかない日だったので変更を希望したところ、
「先生がもう帰っちゃったので分かりません。」
だって。
子どもの使いかよ!
先生がいる間に、次の外来の予定を相談できたらよかったし、日勤さんには明確に話すべきだったんだけど、実は以下のような事情があって、私もあわてておりました。
前投薬にセルシンシロップを飲んで、麻酔薬はセボフルランで、ソウカンはせずにマスク喚気で麻酔をしてもらっています。
初回、娘が0歳児の時、術後のせん妄がひどくて、病棟に帰ってから1時間大暴れされてしまい大変でした。
2回目、3回目は娘も嫌がるのでセルシンを飲まさず(飲めなかったらそれでOKと言われていた)麻酔明けは比較的しゃきっと目が覚めて、お迎えに行った時は泣き叫んでいたけれど、抱っこしたら落ち着きました。
私はセルシンを怪しんでいるのですが、今回は看護婦さんがセルシンを飲ませに来たので、娘もがんばってしまって半分飲めてしまい、酔っ払い状態で手術室へ行きました。
30分くらいでお迎えCALLがあり、しばらく前室で待っていると、娘がすんごい声で泣き叫ぶのが聞こえてきました、今回は顔を合わせて声かけしたり抱きしめても、以前のように落ち着くことなく、柵ベッドの中をバッタンバッタン暴れまわるのでした。
そしたら麻酔科医は「ペンタジン1ミリ」をその場で投与し(周囲に「いじいじと痛いのでしょう」と説明していた)、娘は再び入眠して、病棟に上がりました。
(1ミリってml?)
その後、呼吸抑制が起きちゃったのです。
寝てるとサチュレーションがどんどん下がってしまいます。70台とか。
しーーんとしてひっと呼吸して、しーんとして…、苦しくなったら泣いてちゃんと喚気する娘。なかなか泣かない時は、こっちはひぇーと思って、娘を揺さぶって起こし、泣かしたりもしました。
病棟で段々呼吸抑制が深まって、そして徐々に元に戻ったのでした。
もちろん看護婦さんがついていました。途中で酸素取りに行ったりしたけど。
美人先生も途中で来ました。
これは大学病院に限った話ではないのですが、なんか麻酔科の先生が去り際に投与した薬、血中濃度が上がる前に病棟に返すことや、Callされるのが主治医ってことに理不尽さを感じました。
それに、娘が暴れていたのは痛みではなく、せん妄だと思うんだけどね。
(目が覚めたらケロッてしてるしね)
セルシンがせん妄を起こしたんじゃないかとか(麻酔科の先生の術前診察ではそれとなく伝「初回だけはセルシンを飲んで、1時間暴れた」と伝えている)、回復室を出てからペンタジンを静注してすぐ病棟に上がるのはよくあることなのか、とかちょっともやもやしてしまって、でもしまいこんでます。
だから医者の家族はイヤなんだ、という医療従事者の気持ちも分かるし。
まあ、何はともあれ元気だ、レーザーも上手く反応した。それが全てじゃないか!
と私の超自我は囁きかけるのでした。
ある程度事情が分かるからモヤモヤするのか、事情が分かるから我慢しちゃうのかよくわかんないね。
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